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はじめまして。Malulani(マルラニ)です。

私のプロフィールページに来て下さって、ありがとうございます。

マルラニという名前は、ハワイアンのお友達がつけてくれたもので、神のご加護という意味です。

本名は京子マイネン。滋賀県出身。現在はハワイ在住です。

プロフィールとして、私の人生の、それぞれのチャプターをシェアさせて頂きたいと思います。
しばし、お付き合い下さいね。

プロの社交ダンス 競技会選手@大阪


日本に住んでいた頃は、大阪で、社交ダンスのインストラクターをしていました。

1995年、プロの競技会選手として、イギリスのブラックプールダンスフェスティバルに出場。

その直後、ダンススタジオの先輩に誘われて、ハワイのマウイ島旅行に。

関西空港から乗った飛行機。この旅が、この先の私の人生を大きく変える事になろうとは、この時は思ってもみませんでした。

出逢ってしまったんですね、未来のハズバンドと。海を越えた遠距離恋愛、約一年。

彼からのプロポーズの一言で、華やかなダンス界をあっさり引退。私のダンサーとしての青春は、急に幕を閉じました。

国際結婚による海外生活がスタート


恋のなせる業としか言いようがありません。家族に反対されればされる程燃え上がって、勘当されてまでやって来たんです。ハワイのマウイ島。

手作りのウエディングドレスを着て、国際結婚による海外生活という、希望に満ちたチャプターの幕開けです。

のはすでしたが

  • 右も左も分からない新たな土地
  • 知っているのはハズバンドひとり
  • ろくにしゃべれない英語
  • 日本とは何もかも違う文化としきたり
  • 勘当されているから、帰るに帰れない母国
  • ハズバンドに八つ当たりする日々

ストレスが大きかったんでしょうか。こどもがなかなか授かれなくて、不妊治療が何年も続きました。

矢の様に過ぎ去った子育ての日々

いい加減諦めかけていた頃、まさかの妊娠。一人息子の誕生です。
待ちに待った、母親としてのチャプターが幕を開けました。

息子が幼い頃から、絶対音感プログラムとバイリンガル教育を始めました。彼が小学生の間は、自宅でのホームスクーリングを選びましたから、親子の時間はたっぷりありました.

「子はかすがい」とはよく言ったもので、ハズバンドとは笑顔の絶えない日々になり、孫の顔が見たいという事で、日本の家族の勘当も解けました。

そんな、喜びに満ちた子育てチャプターでしたが、2倍速、いや、5倍速くらいの速さで過ぎて行ってしまいました。

ついこの間産まれたはずの息子が、ふと気が付いたら何とティーンエージャーに?!瞬きしている間に大きくなってしまったという感じです。

彼が地元の中学校に通いだした頃、私は、自分の心にぽっかり穴が開いている事に気がつきました。

遅ればせながらの 大学生ライフ

そんなある日、一人で海を見ていた時、ふと思いたちました。

「あっ、そうだ!そういえば私、大学行きたかったけど行けなかったんだ。今からでも遅くはないから、大学生になろう!」と。

そうと決まれは、子育て中に蓄えたお腹の肉にさよならを告げなくてはなりません。

ブログで出逢えたダイエット仲間達と、Fitness Challengeなるものを企画して、くびれ復活に取り組みました。

こうして幕が開けた大学生活。毎日沢山の若者達に囲まれて、エキサイティングな日々をエンジョイする事となりました。

大学生活にも慣れてきた頃、カフェテリアで目に留まった一枚のポスター。
ハワイアンミュージックのプロ育成プログラム。
オーディションの詳細が書かれたものでした。

ハワイアンミュージックのプロミュージシャンを目指し始めて

心に迷いがある時、私は一人で海をみにいきます。

「オーディション、受からなくてダメもと。万が一受かったら、やれるだけの事をやればいい。後悔しない為にも受ける事にしよう!」

心静かに決心がつきました。

合格通知とともに、プロミュージシャンに向けての日々が、幕を開けました。クラス、練習、リハーサル、ギグと、予想以上に激しいスケジュール。その合間をぬって、作曲活動もはじめました。

一流どころのミュージシャンからのメンターリングを受ける機会も与えられ、また、プロを目指す熱いミュージシャン仲間達にも恵まれてきました。

こうして、全速力で走りぬけたチャプターは、達成感とともに幕を閉じる事になりました。

一つの幕が閉まるという事は、と同時に新しい幕が開けるという事を意味します。

シンガーソングライターとしての旅立ち

いよいよシンガーソングライターとしての旅立ちです。

この幕開けに際して、まず第一にやらなければならない事はサイト作り。パソコン操作が不得手な私にとって、あまりに高いハードルに思えました。

サイト運営に始まり、インスタグラム、YouTube、フェースブック、ツイッター、不慣れなPC操作に明け暮れる事一年が矢の様に過ぎ去った頃、大きな転機が訪れたのです。

日本のハワイアンソングLOVERさんへの思い

私の心にいつしか新しいパッションが育って行きました。

プロのレコーディングミュジシャンとしてだけではなくて、日本のハワイアンソングLOVERさん達をサポートしていきたい。

私が今まで習得した知識やスキルを、日本の人達に伝えたいと思い始めたのです。

そして、ハワイアンソングを基礎から学ぶオンラインコミュニティーをリリースしました。

これから先、ハワイアンソングを愛してくれている日本の人達の為に、精一杯やっていこう。

持てるもの全てを注ぎ込んで、日本とハワイの虹の架け橋になろう。

ハワイアンソングを通して出逢えた人達との心の繋がりを大切にしていきたい。

なぜなら人生の豊かさは、人との出逢いによって築き上げられるものだから。

Uakokoプログラム1期生との歩み

パッションが形となってスタートしました。

2019年春、Uakoko「ハワイアンソングを基礎から学ぶ為のオンラインコニュニティー」をリリース。

8月には、Uakokoプレミアムとして、12ヶ月のプログラムとなりました。

ハワイ語、ハワイの文化歴史、ハワイアンミュージック界の変遷、そして作者のバックグラウンドから深堀りする学びです。

歌唱指導はもとより、ウクレレは楽譜なしメソッドを取り入れ、なんと1ヶ月かけてたった1曲だけ学んで頂きました。

未開の地を共に歩んでくれたウアココメンバー、略してココメン。

私にとって、かけがいのない生徒さん達であり、親友であり、オハナ(家族)。

それだけでなく、開拓仲間という言い方がぴったりだと思います。

日本とハワイに架けられた虹の架け橋。

その虹の上にある12の街を、共に笑い、共に涙し、共に刺激を交換しあい、旅してきました。

ナーホクエントリーに向けての急発進

Uakokoプログラムがちょうど半ばに差し掛かった頃、思いもかけない話しが舞い込んでいました。

それは、ナーホクのエントリー。

ナーホクというのは、正式にはNā Hōkū Hanohano Awardsで、ハワイアンミュージック界のグラミー賞とも言われています。

そのHawaiian EP of the Year2020というカテゴリーにエントリーにまだ間に合うとの事。

エントリーの条件は、アルバムリリース。

夢にまでみたナーホクエントリーです。そんなチャンスを見逃すはずがありません。

そうと決まればレコーディングに向けて急発進です。

沢山の人達に支えられて、ようやくアルバムリリースできたのは、締め切り日のたった一日前でした。

ギリギリセーフ(笑)

急発進しなかったら間に合わなかったナーホクエントリーでした。(ホッ)

私のファースト・アルバム Ka Mea ʻUao

トラディショナルハワイアンソングのカバー曲全7曲でした。

あれよあれよという間にナーホクファイナリストに

年明けて2020。

正直言うと、レコーディングとエントリーを済ませた時点で、ナーホクの事はもう私の中で完結してしまってました。

まさかファイナリストになろうなんて、さすがの私も思いもしてませんでした。

ところがです、人生には不思議な事がおこるものです。

な、な、な、なんと!

この私のアルバムKa Mea ʻUao  が一次審査を超えたばかりか、ファイナルに入ったというではありませんか。

という訳で、あれよあれよという間にナーホクファイナリストになってしまいました、私。

冗談で「棚からぼたもち落ちて来〜い」とは言ってましたけど、まさか落ちてくるとはですね?

ナーホクファイナリストとしての責任

ナーホクファイナリストになれて浮かれ気分でいたのもつかの間。

事の重大さに気がついてきました。

私は日本人でありながら、ハワイで名誉あるナーホク(しかもHawaiian EP of the Year)のファイナリストとして名を連ねさせて頂いている。

このHawaiian EP of the Yearというのは、どんなハワイアンミュージックでもいいというのではなくて、ハワイ語のハワイアンソングのアルバムなのです。

ハワイの言語であるハワイ語のセクションでの評価を受けたという事は、ハワイアンミュージシャンにとってこれ程名誉な事はありません。

それで、私は考えました。

私はハワイから大きな恩恵を受けたのだから、感謝の気持ちを現す為に何かをしなくてはならない。

そう、ハワイへの恩返し。

私にできる恩返しとはなんだろうと問うてみたら、いとも簡単に答えが見つかりました。

今までやってきた事を続けるだけじゃなくて、大きくしていく事です。

より多くの日本人にハワイアンソングに親しんでもらえる様に発信していく事。

そして、ハワイアンソングを学びたいという人達に、私だからこそお教え出来る事をお教えしていく事。

私のハワイアンミュージックに関する専門的な知識は、私のものではありません。ハワイのものです。

この地に25年という歳月を過ごさせてもらった者にしか分かり得ない事があります。

ハワイの言語を、また文化を、日々の暮らしの中で体感している者だからこそお教え出来るものがあります。

それらは、あまりに尊く貴重なものです。

Malulani Music Schoolスタートに向けての準備

そうこうしているうちに、私の中でスコンと符に落ちて、そして腹がくくれたというモーメントがやってきました。

私がやるべき事、それは継者育成。

ハワイの伝統芸能であるハワイアンソングをお教えする事、そしてハワイアンボーカリストを育成する事。

決心がつけば後は簡単です。

現在は、弁護士の先生と、ビジネスコンサルの先生の指導の元、マルラニミュージックスクールをスタートさせる方向で進んでいます。

日々の作業としては、あいもかわらずパソコン相手に格闘です。

でも、やりがいがあります。

私が頑張れるのは、家族はもとより、マルラニファンの皆さんの励ましがあってこそです。

そして振り返ってみれば、ナーホクファイナリストになれたのも、数え切れない程多くの方々の励ましがあっての事です。

今まで出逢えた人達によって今の私があります。

本当に感謝な事です。

与えられたあなたとの出逢い

そして、今あなたとの出逢いが与えられています。

こんな長いプロファイルを読んで下さっているのは、あなたがきっと、私の人生の、どこかのチャプターに共感して下さったからではないでしょうか?

私もまた、あなたのライフストーリーの、どこかのチャプターに、きっと共感出来るんだと思います。

その共感し合える事が増えていく事で、お互いの人生がより豊かなものになっていくんでしょうね。

だからこそ、あなたとの出逢いを大切に育んでいきたいと願っています。

最後に、私の大好きなバイブルの言葉をシェアさせて頂きますね。

鉄で鉄を砥ぐ様に、
人の心は
他の人の心と触れ合う事によって
成長する。
箴言 27章 17節

あなたと私が、心の触れ合いによって、より成熟した女性へと成長していけます様にとの、そんな願いを込めて、この聖書箇所を選びました。

私のライフストーリーを、最後まで読んでくれて、どうもありがとうございました。